「モルグ街の殺人」(ポー)

「ミステリ」の大河の、最初の一滴

「モルグ街の殺人」(ポー/巽孝之訳)
(「モルグ街の殺人・黄金虫」)
 新潮文庫

「モルグ街の殺人」(ポー/渡辺温訳)
(「ポー傑作集」)中公文庫

モルグ街で起きた
奇妙な殺人事件。
母は鋭利な刃物で
滅多斬りにされ、
庭に放置されていた。
また、娘の遺体は
狭い煙突に逆さまに押し込まれ、
その部屋は密室であった。
手がかりの全くない中、
青年デュパンが
事件に興味を持ち…。

史上初の推理小説といわれる本作品。
1841年の発表ですので、
今から180年も前の作品なのです。
それまで存在しなかった「ミステリ」を、
ポーが試行錯誤を重ねて
生み出したのですから、
現代的な視点で読むと、
いささか不自然な設定が目立つことは
否めません。

本作品の不自然さ①
一介の青年が現場捜査を行う不自然

零落した貴族青年のデュパンが
「警察署長の顔見知り」で、
「許可をもらって」後日現場に
立ち入るという点から
すでに不自然です。
社交的であればともかく、
「わたし」とともに郊外の
「古色蒼然たるグロテスクな屋敷」に
住まいするほどですから、
どちらかといえば
人間嫌いな方でしょう。
現場進入を許可するほどの関係構築を、
警察署長としているようには
思えません。

その不自然さを解消する手立てとして、
後の作家たちは「私立探偵」に
そのデュパンの役割を
代替させたのでしょう。
本作品と時を同じくして
「探偵業」がパリの実社会にも
登場しています。
自然な形で警察の捜査に介入させるには
「探偵」が必要であり、それはこの
デュパンがモデルとなったのです。

本作品の不自然さ②
デュパンが発見する「しかけ」

世界初のミステリであるとともに、
世界初の密室殺人事件です。
当然そこに
「しかけ」がなくてはなりません。
デュパンは「犯人は外部から侵入し、
外部へと逃走した」と結論づけ、
その「しかけ」を発見するのですが、
お世辞にも「見事」とはいえない
「しかけ」です。

その不自然さを解消する手立てとして、
後の作家たちは
よりスマートな「トリック」と
その謎解きに腐心したのでしょう。
「トリック」によって犯人は安全圏に
逃げ込むことができるのですが、
それが見破られれば一転、
真犯人が特定されるのです。
これこそミステリの醍醐味であり、
それは本作品の密室の「しかけ」が
モデルとなったに違いありません。

本作品の不自然さ③
意外すぎる真犯人

警察が身柄を拘束した容疑者は
無実であり、真犯人はほかにいる。
それがミステリです。
しかし本作品の犯人は余りにも
意外すぎて不自然極まりないのです。
「真犯人」と呼ぶことさえ
はばかられます。

その不自然さを解消する手立てとして、
後の作家たちは「関係者の中で
最も怪しくないもの」に
適切な動機を与え、
事件の真犯人を設定していったのです。
もちろん他の無実の関係者にも
「それらしい動機」を持たせるとともに
「怪しげな振る舞い」をさせ
(する環境をつくり)、
カムフラージュしていったのです。
それは本作品の「意外すぎる真犯人」が
モデル(というより反面教師か?)に
なったと考えられます。

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天才的な頭脳を持った探偵、
奇想天外なトリックと結末での謎解き、
意外な犯人像など、
すべては本作品から始まったのです。
そう考えると不自然ささえ
限りなく愛おしく思えてくるから
不思議です。

以後連綿と続く
探偵小説・推理小説・犯罪小説の
原形であり、
古今東西の「ミステリ」の大河の、
最初の一滴にあたる小説です。
みなさん、心して読みましょう。

「モルグ街の殺人・黄金虫」
 収録作品一覧

モルグ街の殺人
盗まれた手紙
群衆の人
おまえが犯人だ
ホップフロッグ
黄金虫

「ポー傑作集」収録作品一覧
黄金虫 渡辺温 訳
モルグ街の殺人 渡辺温 訳
マリイ・ロオジェ事件の謎 渡辺温 訳
窃まれた手紙 渡辺啓助 訳
メヱルストロウム 渡辺啓助 訳
壜の中に見出された手記 渡辺温 訳
長方形の箱 渡辺温 訳
早過ぎた埋葬 渡辺啓助 訳
陥穽と振子 渡辺啓助 訳
赤き死の仮面 渡辺温 訳
黒猫譚 渡辺啓助 訳
跛蛙 渡辺啓助 訳
物言ふ心臓 渡辺温 訳
アッシャア館の崩壊 渡辺啓助 訳
ウィリアム・ウィルスン 渡辺温 訳
渡辺温 江戸川乱歩 著
春寒 谷崎潤一郎 著
温と啓助と鴉 渡辺東 著

(2021.4.25)

Henryk NiestrójによるPixabayからの画像

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